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The Akita Chronicle (旧 後ろ向きに前へ)

興味のあることなんでも書こうかなと思います。方向性が決まり次第、一本化します。いやするかも。

果てなく秋田に続く真田ストーリー

今週の真田丸第38話「昌幸」の放送が控える9月22日、絶好のタイミングで来県した草刈正雄栗原英雄をはじめとした真田丸メンバー。

www.sakigake.jp

 

 

今日、千秋公園周辺がさわついているなあと思ったら、父上と叔父上ではないか。そうか県民会館で開かれるトークショーは今日であったか。父上は前日入りしたとか。

togetter.com

うひょー、めっちゃ楽しそう。直江状の生演説をあのイケボで聴けるとか来場者は満足だったろうなあ。詳しくは9月23日のNHK秋田のニュースで一部放映されるそうだ。

 

 

 

さて、父上こと草刈正雄がこのタイミングで秋田に来ることになった経緯はなにか。

 

それこそが、由利本荘市にある妙慶寺に眠る真田信繁の五女「御田の方」(のちの顕性院)である。

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出典元http://blog.goo.ne.jp/muffin_w_corgi/e/66a00a0437a03c243916feae78791de2

 

 

「御田の方」の母は真田丸第26話「瓜売」で初登場した隆清院(豊臣秀次の側室の娘)。生まれた時期を考えると、この時期に少女であることは不自然なのですが、ドラマですから、ここでは不問とします。

 

この隆清院から生まれた娘は「なお」(またはなほ)と名付けられました。
この娘は、大阪夏の陣で信繁が亡くなった後、ふとしたことから佐竹氏に拾われることになります。

 

多くの戦国大名が成り上がりだったのに対し、佐竹氏は生粋の清和源氏直系。家系図を紐解くと、鎌倉幕府を開いた源頼朝の先祖が長男義家の家系で、三男が義光。この義光が佐竹家の始祖となります(佐竹だけじゃなくて武田とかもそうだけど)。守護大名の流れから戦国を生き抜いた大大名は、鹿児島の島津氏、秋田の佐竹氏のみです。

 

その由緒正しい佐竹氏は、関ヶ原で中立的立場をとったこと、さらに徳川の本拠地である江戸に比較的近い現在の茨城県を本拠地としていたことなどから、危険視され窪田仙北の地(現在の秋田県。ただし鹿角市由利本荘市にかほ市を除く地域)に転封されたとされます。

 

その佐竹氏が、東京の屋敷で見かけた少女がやけに凛としたたたずまいをしている。

 

義宣「お前ふるまいしっかりしてるけどどこの家の娘?」

なお「町娘にございます」

義宣「お、おう(そんなわけあるかいな」

~後日~

義宣「もう一度聞く、そなたの立ち振る舞いたるやただの町娘ではないであろう。どこの家の娘なのだ」

なほ「実は////真田信繁の娘にございます」

義宣「まじかよそれ。お前うちに来い。うちの家の嫁にこい。まじで」

rokumonsen.com/田(出典元)

 

こんなエピソードがあり、現在の由利本荘市があった地域の亀田藩岩城家(佐竹とは茨城時代以前から親戚関係あり)へ娘に入ります。義宣ぐっじょぶ。ただの怖い人ではなかったんだね。

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時期が時期ですから、真田の名前はあまりだしづらい空気。

本来は「真田の方」と呼ばれるべきだが、徳川体制が確立していく中でその名は出しづらい。そんなことから敬意をこめて「御田の方」と呼ばれるようになり、今日に至ります。仙台の地に散らばった信繁の遺児も、真田を名乗れるようになったのは江戸時代中期以降のお話です。

 

最後に江戸時代初期に真田の爆発的ブームをもたらした「真田三代記」にたんを発した真田十勇士の物語。

偶然か十勇士のうちの二人、三好清海入道、伊三入道は亀田藩領主という設定

 

奇しくも御田の方が嫁いだ岩城家が治めるのも同じ亀田藩。三好氏は真田家の縁戚にあたるという人物設定なのです。作者が御田の方のエピソードを知っていたのか、それとも偶然かは調べるよしもあるのですが、今回はここまでとします。

 

偶然はここで終わりません。
なお(御田の方)と一緒に亀田に来た遺児がもう一人います。

 

 

真田幸信

 

 

信繁の三男で討死後2か月に生まれた幸信は、亀田藩家に引き取られました。祖父にあたる豊臣秀次の旧姓である三好姓を名乗り、名前を三好左馬之介幸信と改名、亀田藩士としてその生涯を終えました。「秋田真田家」というようですが、実子に恵まれず家は途絶えたようです。そのほかの子孫の行方については下記がおすすめです。

senjp.com

 

さて、秋田につながる、御田の方、三好姓、真田十勇士といった真田ストーリーいかがでしたでしょうか。

 

以前撮影した妙慶寺での写真を載せて終わりとします。

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2枚目の写真は、父を供養するための水行をしたと伝わる井戸跡です。

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3枚目。石碑後ろに立つ宝物殿には、六文銭の甲冑が保管されているとのことです。

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次回は秋田県大館市にある真田幸村の墓について記します。↓↓

 

haruki26p.hatenablog.com